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Le Potazzione

Le Potazzine

レ・ポタッツィーネ

 レ・ポタッツィーネは、略してポタッツィーネと呼んでいる。会社の中では、冠詞はないものとして呼ぶのがいつの間にか普通になっている。ワイナリーを率いるのはジュゼッペ・ゴレッリ(Giuseppe Gorelli)で、20年を越える仲だ。知り合いになったころ、彼はブルネッロの生産者組合で働いていた。奥さんのジリオーラは、市庁舎前の広場に面した一角でワインを売る店を開いていた。そのころは、お土産店に毛が生えた程度にしかワインを扱ってなかったが、今は隣接した店(たしか以前は洋服店)を借りて、前菜とパスタ料理を出すワインバーを経営するまでになっている。
 17〜18年くらい前からこの土産店に出入りして、ブルネッロをいろいろ買い集めた。もちろん、今も勉強に使うものはジュゼッペの助言に従って手にいれている。テロワールとワインの関係がさかんに語られるようになり、自分もそのような関心から飲んでみたいと思うようになって、日本に持ち帰る時のことも考えずに買い集めた。意気込んで取り組んでも、自分には掴みどころのない試みだったので止めた。こうして買ったブルネッロも、最近は開けた記憶があまりない。結果として蒲田の遺物堂にはかなりの本数のブルネッロが残った。退職金代わりにすればいいと思っている。
 ジュゼッペの実家もワインを長く造ってきた。主にお父さんとお兄さんが家業としてやってきたようだ。いつの間にか、ここのブルネッロも輸入するようになって、それなりの本数をこなした。実家のブランドはドゥーエ・ポルティーネ(Due Portine)だったが、お父さんが亡くなってからは、ジュゼッペが引き継いだようだ。ワイナリー名も変更され、今のようになった。ジュゼッペと付き合っていると、いろいろなニュースが入ってくるし、若いので人的な交流の幅も広い。イル・ポッジョーネでは、ビオンディ・サンティに対する風当たりを感じるが、ジュゼッペの言動からはそれらしきものはない。彼はビオンディ・サンティにも出入りしているようで、リコルクが行われる時には、対象となる古酒を持って行くと言っていた。
 ポタッツィーネは現在、ブルネッロとロッソ・ディ・モンタルチーノのみの生産で、リゼルヴァもない。伝統を重んじたブルネッロは、心地よいバニラ香がのっていて、何処にも胸を張って出せる佳品だ。「何か混ぜている?」と思わず言いそうになったが、それを訊くのは野暮だ。サンジョヴェーゼに早熟系の赤ぶどうが加わると一段と美味しくなる。ブルネッロにサンジョヴェーゼ以外のぶどうを入れることは、規定により厳しく禁じられている。ジュゼッペは今のところ、サンジョヴェーゼ以外のぶどう品種を作付けするつもりはなく、ブルネッロを突き詰めていくのだろう。
 20年前、組合でたまたま出会った青年も40歳を越え、有能な生産者に成長した。僕も彼のお陰で職業人として成長させてもらった。


1995年から現在まで生産者より輸入。